謡蹟めぐり  項羽 こうう

ストーリー

唐土烏江の野辺で秋草を刈って家路につく草刈男がいつもの岸で船に乗ろうとすると、今日に限って船賃をくれと言います。草刈男が船賃を持っていないというので、船頭は一度は断りますが、とりあえず船に乗せて向こう岸に着きます。そして船賃と言っても、その刈り持たれている多くの草花の中から、ただ一本だけくれないかというので、草刈男はどの花でもよいものを御持ちなさいと差し出すと、船頭はその中から美人草を選んで抜き取ります。
その理由を尋ねられると、この花は項羽の妃虞氏を葬った塚から生え出た花なので美人草の名があると言い、項羽が高祖と戦い、破れて我が首をかき落として失せた事までを物語り、実は我は項羽の亡霊であるが、後を弔ってくれと頼んで姿を消します。暫くして項羽は虞氏を伴って現れ、虞氏との別離や戦いの様子などを語り、消え失せるのでした。(「宝生の能」平成10年11月号より)

「虞美人草」の詩    (平14・8記)

「項羽」という曲は、私の所属している渡雲会でも教授嘱託会でもあまり謡われない曲なので、曲の内容も詳しく知らなかった。今回改めて全文を読み直してみたら、項羽と虞美人の物語である。また「騅」という名馬の名前や、間狂言の中には「四面楚歌」の言葉も出てくる。それで若い頃学校で漢文の時間に「虞や虞や汝をいかんせん」という詩を教わったことを思い出した。
佐成謙太郎氏の「謡曲大観」を調べるとその出典は史記の項羽本記ということで、その全文が漢文で記されている。また、インターネットでもいろいろ調べてみた。どうやら私が教わったのは、項羽が悲憤慷慨し、自ら作ったという次の詩であったようだ。

          垓下(がいか)の歌
     力抜山兮気蓋世   力は山を抜き 気は世を蓋(おほ)う
     時不利兮騅不逝   時 利あらず 騅(すい)逝(ゆ)かず
     騅不逝兮可奈何   騅の逝かざるを 奈何(いか)にせん
     虞兮虞兮奈若何   虞や虞や 若(なんじ)を奈何(いか)にせん

  私には、まだ、山を引き抜くほど力があり、私の気概は世を覆うばかり。
  だが、時勢は私に不利であり、愛馬「騅(すい)」も動こうとしない。
  動こうとしない「騅」をどうしたらよいだろうか。
  愛する妻「虞(ぐ)」よ、お前をどうしたらよいだろうか。

項羽は最後の酒宴を開き、席上この詩を吟じ、項羽の愛人である虞美人がその詩にあわせて舞を舞うのを見た後、愛馬「騅」をかって高祖の軍陣に突入し、31歳の若さでこの世を去った。
「虞」も垓下で自害した。その年の夏、「虞」を葬った塚に真っ赤な罌粟(けし)の花が咲いたが、地元の人たちは、自ら命を絶った「虞」を哀れんで、この花を「虞美人草」と名付けたという。

書籍、インターネットで探る「項羽」謡蹟 (平19・1記)

小倉正久著「謡曲紀行」(白竜社刊)

虞姫墓が安徽省霊璧県虞姫郷虞姫村にあり、その境内には項羽と虞美人の像もある。
また安徽省和県烏江鎮東南1キロの鳳凰山上には項羽の墓がある。近くの覇王祠は項羽が戦死した跡とのこと。

四面楚歌−垓下遺址をたずねて

http://www.asahiryoko.com/kaigai/nakama/05-08-03.html

早春の垓下は一面の菜の花畑であった。花も茎もたくましく、鮮やかな黄色が、麦畑の緑とパッチワークのような美しさを見せていた。「四面楚歌」の故事を生んだ、項羽と劉邦最後の決戦地垓下は、安徽省霊璧県の今は静かな農村である。その一隅に「垓下遺址」の石碑が立つ。余計なものは何もないのが嬉しい。目を閉じれば、木の葉のさやぎ、鳥の声、かすかな風の動きが、二千余年前の世界に誘ってくれる。此処垓下で、六年にわたる楚漢戦争に終止符が打たれ、あの勇猛な項羽が敗れ去った劇的な史記の記述が想起される。・・・
古代の人々の喜びも、悲しみも、恨みも、夕闇の中に溶けて鎮まるかのようであった。
天運に見放されたと歎いた項羽は、虞姫を刺し、愛馬騅を駆って包囲網を突破し、結局揚子江に通ずる烏江の辺りで自刎する。故郷へと、自然に足が向いたのであろうか、と思えば哀れを誘う。
自刎したとされる烏江の渡し近くに、項羽を祀った覇王祠がある。劉邦に敗れ、三十一歳の若さで死んだ項羽を哀れんで、後世の人が祀ったものを、次第に立派に改修したと聞く。しかし田園の中の廟には訪れる人もなく、廟は糠雨の中にひっそりと濡れていた。・・・

鴻門

http://www.japanphil-21.com/club/haohao/hashi/hao-hashi03.html

鴻門は、「星野究の人物探訪」に登場した、項羽と劉邦が会談した場所だ。鴻門の会という。上右の写真の手前から3人目が項羽。英雄である。ここで、先回りして咸陽に入り、秦の都を制圧した劉邦は、あとから来た項羽に「お待ちしておりました」と、ここで出迎えた訳である。本当は、先に入った者の勝ちであったはずだったが、圧倒的な力の違いを恐れた劉邦は、張良という名軍師に「謝っちゃいなさい」と言われ、ビビリながらここで宴会をやったわけだ。でもその時に、項羽の軍師の范増(はんぞう)は、「あんなずるがしこいヤツは今始末しちゃえ」と項羽にいったのだが、剛気を売り物にしている彼は、謝られるとす〜ぐ許しちゃう。これじゃいかんと、范増老人、項荘に命じて剣の舞を装い、劉邦を殺そうとする。そこへ、項羽のおじさんの項伯。この人は以前、やばいことをやって張良にかくまってもらった事があるらしい。それに恩義を感じて、剣舞の相手をして劉邦に近づくことを阻む。・・・
ここで、劉邦が殺されていたら世界の歴史は大きく変わっていただろう。さて、まずいと思った張良くん、劉邦の子分の樊かいくん(かいの字がでない)に命じて守らせようとした。これを見た項羽さん、「おまえは誰だ?」樊かいは、「護衛隊長である。主君の危急を救わんが為、ご無礼」項羽は彼に杯を勧め、その飲みっぷりが気に入った。また、肉を与えると樊かい君、持っていた盾をまな板に、剣を包丁の代わりにして喰ってしまった。そうこうした騒ぎの途中、当の劉邦といえば、厠にいくふりをして、すっ飛んで帰ってしまった。張良はその後うまく取り繕ったらしい。


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