黒主神社

謡蹟めぐり  志賀 しが

ストーリー

時の帝に仕える臣下が、江州志賀に今を盛りの山桜を見に行きます。そこへ、重い薪に花を折り添えた老若二人のきこりが現れて花の木陰で休むので、それは花見のためか、又は薪が重いからか、と臣下は老人に尋ねます。
すると老人は、大伴黒主の歌を引いて薪に花を添えたわけを話し、花陰に休むことは卑しい身に不似合いだけれど、黒主を偲んでのことだから許してほしいと言います。そして、延喜の聖代には歌道が盛んであったことと共に歌の徳を讃え、自分はもとは黒主と呼ばれていたが、今では山の神と人は見ていると言い、夕雲に隠れ志賀の宮へ帰って行きます。
土地の者から志賀明神のいわれや志賀の山桜についてさらにくわしく聞いた臣下が、その夜桜の木陰で臥していると、歌舞の音がして黒主の霊が志賀明神の姿となって現れ、春を喜び聖代を祝い、神楽の舞を舞います。(「宝生の能」平成13年3月号より)

大伴黒主と古今集と六歌仙   (平14・11記)

曲中にシテ(樵夫の老翁、実は黒主の霊)が花の枝を薪に添え、花の木陰に休んでいる様を見て、ワキ(臣下)が「ふしぎやなこれなる山賤(やまがつ)を見れば、重かるべき薪に猶花の枝を折りそへ、休む所も花の陰なり」と問いかける場面がある。
これは古今集の序に、「大伴黒主はそのさまいやし。いはば薪負える山人の花の陰に休めるが如し。」と評されているのに由来するとのことである。

大伴黒主といえば「草紙洗」ではすっかり悪役となっているが、六歌仙の一人でもあり、本曲では黒主は歌道を説き、志賀の明神にも祀られており、「そのさまいやし」の詞は当てはまらぬように感じた。それで「古今集の序」なるものを少し調べてみた。

「六歌仙」とは古今集の序において「近き世にその名聞えたる」として紀貫之が挙げた六人の歌人である。僧正遍正、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大伴黒主の六人である。文屋康秀を除いて皆謡曲に登場する人物である。紀貫之は、これら六人の歌人に決して高い評価を与えていない、むしろ消極的な評価しか与えていないようで、黒主ばかりではないようである。

僧正遍正は、歌の様は得たれど、誠少なし。たとへば、絵に描きたる女を見て、いたづらに心を動かすがごとし。

在原業平は、この心余りて、ことば足らず。しぼめる花の、色無くて、匂ひ残れるがごとし。(「井筒」に「亡婦魄霊の姿はしぼめる花の色のうて匂ひ、残りて在原の」とある)

文屋康秀は、ことばは巧みいて、その様身に負はず。言はば、商人の、良き衣着たらむがごとし。

宇治山の僧喜撰は、ことばかすかにして、始め終り、たしかならず。言はば、秋の月を見るに、暁の雲に、遭へるがごとし。

小野小町は、いにしへの衣通姫の流なり。あはれなるやうにて、強からず。言はば、よき女の、悩めるところあるに似たり。強からぬは、女の歌なればなるべし。(「草紙洗」に「御身は衣通姫の流なれば、あはれむ歌にて強からねば、古歌をぬすむは道理なり」とある。)

大伴黒主は、その様、いやし。言はば、薪負へる山人の、花の陰にやすめるがごとし。(「草紙洗」に「花の陰ゆく山賤の、其様賤しき身ならねば」とある)

と言った具合である。反対に貫之が高く評価したのは、人麻呂・赤人を筆頭とする万葉の歌人たちであった。黒主一人だけでなく、六歌仙の全員が公平に低く評価されているのを知りほっとした。また、「井筒」「草紙洗」にはこれらの詞が引用されているのを発見したのは思いがけぬ収穫であった。

大伴黒主神社  大津市南志賀     (平14・11記)

本曲の舞台は「志賀の山越え」である。京都から近江へ越える昔の山道であるが、現在は「山中越」あるいは「志賀越」と呼ばれ、京都の銀閣寺あたりから大津市の近江神宮あたりを結んでいる。また、この道から比叡山ドライブウエイに通ずるようになった。この道路から少し入った旧道に沿って大伴黒主神社がある。祭神は大伴黒主である。

黒主神社 大伴黒主神社 大津市南志賀 (平13.11) 大伴黒主を祀る

黒主山  京都市 祇園祭       (平14・11記)

毎年7月17日の京都の祇園祭には沢山の山や鉾が市内を巡行するが、その中に「黒主山」がある。桜と松を共にかざり華やいだ雰囲気をかもし出す山である。これは謡曲「志賀」のなかで、大伴黒主が志賀の桜を眺めるさまをテーマにしたものである。杖をつき、白髪の髷の翁の人形はなかなか品格がある。桜の花を仰ぎ眺めている姿をあらわしている。山に飾る桜の造花は粽(ちまき)と同様に戸口に挿すと悪事は入ってこないといわれる。「役の行者山」とか「橋弁慶山」「芦刈山」等々、謡曲に関係ある山が沢山巡行するのは流石古都京都である。

黒主山 黒主山 京都祇園祭 (平13.7) 本曲をテーマにした山である


−ニュース−

曲目一覧

サイトMENU

Copyright (C) 謡蹟めぐり All Rights Reserved.