遊行柳遠景

謡蹟めぐり  遊行柳 ゆぎょうやなぎ

ストーリー

相州藤沢の遊行寺の上人は、開祖一遍上人の衣鉢をつたえて諸国を巡歴して、六十万人決定往生の御札を衆生に与えていた。上総の旅を終えた上人は奥州へと志し、ある秋の暮れ方白河の関についた。
ここに道が多くあるのでその広い方へ行こうとする折柄、一人の老人が現れてきて、先年下向された遊行の聖も昔の海道を通られたので、その古道を教えようと導いて行くと、塚の上に朽ちた柳の古木が残っているので上人はそのいわれを尋ねた。
老翁は静かに答えて、昔の人の申し伝えでは、鳥羽の院の北面佐藤兵衛憲清という人が出家し、西行と名乗る歌人であったが、この国に下向して夏の頃この木陰に休憩し、「 道の辺に清水流るる柳かげ、暫しとてこそ立とまりけれ 」と詠じたことからこの木が名木となったという。やがて老翁は十念を授かって立つとみるうちにその古塚のほとりに消え失せた。
上人はふしぎに思い、朽ち木の柳が我に言葉をかけたのかとて、ねんごろに読経を続けているところに、柳の精という白髪の老人があらわれ、柳の故事について数々の物語をなし、この路傍の柳も逢いがたい上人の御法にあって成仏の縁を得たと喜び、報謝の舞をまい、いつか姿を消したとみれば、暁の影にただ柳の朽ち木のみが静かに残っていた。(謡本より)

遊行柳   栃木県那須町芦野   (平11・11記)

舞台は栃木県那須町芦野の国道沿いにある遊行柳である。何代も植え継がれてきたものと見えて、曲中に謡われるような朽ち木の柳ではない。
近くにはこれも曲中にうたわれる西行の歌碑「道のべに清水流るる柳陰、暫しとてこそ立ちとまりつれ」や、芭蕉の句碑「田一枚植えて立ち去る柳かな」もある。
遊行上人は藤沢の遊行寺の歴代の住職を言い、一遍上人が遊行寺の宗祖である。遊行寺には一遍上人の像があるが、それらの写真は「誓願寺」の項に掲げた。

遊行柳 遊行柳 栃木県那須町芦野(平5.5)

遊行柳遠景 遊行柳遠景 那須町芦野 (平5.5)

西行歌碑 西行歌碑 栃木県那須町芦野 (平5.5)

芭蕉句碑 芭蕉句碑 栃木県那須町芦野 (平5.5)

白河の関址   福島県白河市旗宿   (平11・11記)

ワキの道行にある白河の関は福島県白河市旗宿にある。蝦夷の南下を防ぐ防塞として重要な関で、台地には空堀がめぐらされ、土塁が築かれている。

白川関址 白河の関址 白河市旗宿 (平5.5)


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