舞囃子放下僧

謡蹟めぐり  放下僧 ほうかぞう

ストーリー

下野国の住人牧野左衛門何某は、相模国の利根信俊と口論の末、討ち果たされます。左衛門の子小次郎はこれを無念に思い、出家している兄を訪ね仇討ちを持ちかけます。兄は最初ためらいますが弟の熱意に動かされ同意します。そして二人は当時流行の放下と放下僧(僧形の遊芸人)に扮して故郷に名残を惜しみつつ敵の信俊を狙い求めて旅に出ます。
一方利根信俊は、夢見が悪いため瀬戸の三島神社へ参詣を志します。旅中の徒然を慰めようと折りよくここに現れた二人の放下を呼び寄せます。小次郎兄弟は、浮雲・流水と名乗り、信俊の近づきます。そして兄は自分の持つ団扇のいわれを、弟も携えた弓矢のことを面白く説きます。続いて禅問答に興じ、曲舞や鞨鼓、小歌などさまざまな芸を見せます。そしてついに信俊の隙に乗じて斬りかかって首尾よく本望を遂げます。(「宝生の能」平成9年11月号)

舞囃子「放下僧」 (平11・1記)

平成8年6月、宝生能楽堂における渡雲会追善春季大会で、舞囃子「放下僧」を舞わせていただいた。
囃子方は、大鼓、国川純、小鼓、幸清次郎、笛、藤田次郎の各先生、地謡は地頭今井泰男先生でその他金井章、小林与志郎、辰巳満次郎の各先生方である。舞台といい、先生方といい、これ以上は望めない豪華メンバーである。
「放下僧」の舞は「鞨鼓」である。「鞨鼓」は中の舞や序の舞と違った難しさと面白さがあり、途中少し間違えたところもあるが、私にとっては忘れ得ない舞台となった。
この写真はKDDの謡友、金子忠三郎さんが撮ってくれたものである。

舞囃子放下僧 舞囃子「放下僧」 宝生能楽堂 (平8.6)

謡蹟 瀬戸神社  横浜市金沢区瀬戸 (平11・1記)

本曲の舞台は金沢八景の近くの「瀬戸神社」である。境内には容共史跡保存会の手により駒札が建てられ、このあたりが「仇討ちの場所」であると説明されている。
神社は往時、鎌倉と房総を結ぶ交通の要衝だった六浦港(今の平潟湾)の中心にあり、諸国去来の人々で賑わい、牧野兄弟が敵とめぐりあったのもうなづけるとしている。

瀬戸三島神社1 瀬戸神社 横浜市金沢区瀬戸 (平7.1)

瀬戸三島神社2 仇討ちの場所  瀬戸神社 (平7.1)


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