葵車時代祭

謡蹟めぐり  葵  上   あおいのうえ

ストーリー

左大臣の息女、葵の上は光源氏の北の方であった。ここにまた六條の御息所は源氏の寵愛をうけていたが、だんだんにうとんじられているうち、たまたま葵祭のみぎりに物見車の供人に恥ずかしめられ、人だまいの奥に押しやられたが、それらの恨み妬みのあまりついに生霊となって、葵の上の身に憑きたたった。そこで葵の上は病臥の身となったので、さまざまな加持祈祷を施し、医療など手を尽くしたがさらに効果は見えない。
ある日、照日の神子という梓の上手を召して霊をよばせられたところ、如何にも気高い女性が破れ車に乗って枕頭に姿をあらわした。名を問えば六條の御息所の怨霊であるとあかし、かっては時めく身であったが、葵の上のために源氏の寵愛を奪われ、恨みは尽き難しとて、枕頭に立ちよりて葵の上を打ち、なおもあき足らずして我が方へつれて行こうと云い捨てて姿を消した。
これは以ての外のこととて横川の小聖を請じて祈祷をしていると、御息所の怨霊は鬼女の姿となって再び現われ、葵の上に近づかんとしたが、ついに小聖のために祈り伏せられ、この後再び来たることなしと誓い、読誦の声にてその身も成仏して消え去るのであった。(謡本より)

一条大路  京都市上京区  (平6・2記)

『 御息所(みやすどころ)の恋が燃えれば燃えるほど、源氏の心は捉えがたくなってゆく。御息所は物狂おしい嫉妬と愛執に苦しみながら、世の人は自分を指してどんなに嗤っているであろうかと、貴婦人の誇りも踏みにじられた気がした。
葵の上が懐妊したという噂をきくにつけても御息所の心はまがまがしい妬ましさに閉ざされるのであった。
初夏となった。賀茂祭、斎院の御禊(ごけい)の日、供奉(ぐぶ)するきらびやかな人々の中でも、とりわけ源氏の晴れ姿を見ようとて、一条大路は物見車や人々で埋まっていた。
葵の上の一行も何輛もの車を連ねて物見に出かけたが、左大臣家の威勢で、そのあたりの車をのけさせるのであった。その中に、
 「手を触れるな。無礼を働くな」
とのかぬ車があった。それは忍んできた御息所の車だったのである。双方の供人が荒けなくののしり争い、とうとう左大臣の従者は衆をたのんで御息所の車を後方へ押しやってしまった。車の榻(しじ)も折られ、くやしさで身も震える御息所の目の前を、輝くばかり美しい源氏は、目もくれず通りすぎてゆく。・・・ 』
(田辺聖子「絵草紙源氏物語」より)

「源氏物語」葵の巻に書かれる有名な「車争い」の場面である。
この舞台となった一条大路とはどのあたりであろうか。「車争い」の場面を「葵橋」とする説がある。「葵橋」は下鴨神社近くの賀茂川にかかる橋で、賀茂祭の通路にはなっていたと思うが、現在の一条通りからはかなり離れている。
これとは別に、「車争い」の場所は一条戻橋あたりではないかという説もある。一条戻橋は一条通りと堀川通りの交差するあたりにある橋で、現在の京都御所の西側にあたるけれども、当時の御所はこのあたりにあったようだ。戻橋のすぐ近くには「草紙洗」の「草紙洗水址」の碑があるところからみると、昔の清涼殿はこのあたりにあったのではなかろうか。
一条大路というけれど、現在の一条通りは道巾も狭く往時の面影を偲ぶことは難しい。

一条戻橋 一条戻橋付近 往時はこのあたりが御所だったようだ。京都市上京区(平5.9)

現在の一条通り 現在の一条通り 牛車で往来した一条大路を想像するのは難しい。 京都市上京区 (平5.9)

葵橋 葵橋 牛車もこの橋を通ったことであろおう。 京都市 下鴨神社近くの賀茂川 (平8.4)

葵 祭  京都市 上賀茂神社、下鴨神社 (平6・2記)

毎年5月15日に行われる上賀茂・下鴨両神社の例祭で、祇園祭・時代祭と並ぶ京都三大祭の一つである。祭に参列する人々の衣冠や牛車を葵の葉で飾るのでこの名があり、賀茂祭とも呼ばれている。
祭は宮中の儀・路頭の儀・社頭の儀からなるが、圧巻は路頭の儀といわれる。平安時代の風俗そのままの優雅な装束をつけた約600人の人々や牛車の行列が1キロメートルにも及び、さながら一幅の絵巻物が展開される由である。
行列は、京都御所―丸太町通り―川端通り―下鴨神社で社頭の儀。下鴨神社出発―下鴨通り―北大路通り―賀茂川堤―上賀茂神社で社頭の儀となるとのこと。

一度拝観したいものであるが、なかなかその機会が得られない。
昨年、京都を訪ねた時、下鴨神社に近い「出町柳」駅に 葵祭の壁画があったのでカメラにおさめてきた。

葵祭の壁画 葵祭の壁画 下鴨神社近くの出町柳駅構内のもの (平5.11)

新庄まつりの山車「風流葵上」 山形県新庄駅(平12・6記)

東北大会に出席のため山形県新庄の駅を通過したが、新幹線開通間もない駅でおもいがけず「葵上」の山車を発見したので紹介する。

葵上山車 新庄まつりの山車 「風流 葵上」 山形県新庄駅構内 (平12.6)

牛車 京都市時代祭 江刺市 えさし藤原の郷(平12・6記)

葵祭は毎年5月15日、この頃は教授嘱託会の名所めぐりの時期に重なり、その世話役をしていた関係で欠席できず、今まで観る機会がなかった。たまたま平成8年、京都の時代祭を観る機会を得たが、その時に牛車の行列を観ることが出来たのでその写真を掲げてみる。
また、江刺市の「えさし藤原の郷」に牛車が展示されていたので、これも掲げる。

葵車時代祭 牛車の行列 京都の時代祭にて写す (平8.10)

牛車藤原の郷 牛車  歴史公園「えさし藤原の郷」に展示されているもの  岩手県江刺市 (平6.5)


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