放生橋

謡蹟めぐり  放生川 ほうじょうがわ

ストーリー

鹿島の神職筑波の何某が従者を伴い、京都の寺社を残り鳴く参拝していたが、八月十五日、石清水八幡の南祭の日にあたるのをさいわい、八幡宮に参拝した。そこへ一人の老翁が一人の男をつれ、生きた魚を水桶にいれて現れる。
神官は不審に思い尋ねると、翁は今日は放生会の神事で、生きた魚を川に放す祭であること、これは外敵を多く滅ぼした時の供養のため起った神事であると説き、放生川に魚を放して魚が悦び泳ぐ様を見せる。そしてなお、石清水八幡の御神徳をたたえ、まことは自分はこの八幡宮に仕える武内の神であると告げ男山に登って姿を消した。
神官たちは祈念して神託を待っていると神楽がきこえ、武内の神が多くの末社の神々を従えて現れ、舞を舞い四季の和歌を捧げ御代を祝って曲を結ぶ。(謡本を意訳)

石清水八幡宮、放生川  京都府八幡市 (平19・6記)

舞台は石清水八幡宮と放生川である。男山から流れでる清水を石清水と呼び、この八幡宮の語源ともなっている。放生川は男山の麓を迂回するように流れる。
石清水八幡宮の「放生会」は、清和天皇の貞観五年(863)旧暦八月十五日に石清水放生会と称して始められ、新暦(太陽暦)が普及した明治後期(明治43年)には現在の10月15日に改められたが、現在においても古式に則り厳かに行われている由。

石清水 石清水 石清水八幡宮 八幡市 (平12.8)

放生川 放生川 京都府八幡市 (平12.8)

放生橋 放生川 京都府八幡市 (平12.8)

武内宿弥関係 (平19・6記)

後シテの武内の神は武内宿弥で景行・成務・仲哀・応神・仁徳の五帝に仕え、三百歳も生きたという伝説の人である。
福岡市、香椎の宮の不老の水は宿弥の屋敷跡といい、境内には宿弥の像がある。

香椎の宮 香椎宮 福岡市 (平8.5)

武内宿弥像香椎 武内宿弥像 (平8.5)

宿弥の墓所は各地にあるようだが、私の訪ねたのは次のとおりである。

・鳥取市国府町には宿弥を祀る宇倍神社があり、境内には「亀金岡 武内宿弥命終焉之地」と刻まれた碑がある。
・奈良県御所市室の宮山古墳も、昔から宿弥の墓と言われた。
・大垣市西方の青野が原の「熊坂長範物見の松」のすぐ前にも武内宿弥の墓がある。
・また松江市手間の武内神社は宿弥を祀る。

宇倍神社 宇倍神社 鳥取市国府町 (平18.8)

武内宿弥終焉地 武内宿弥終焉之地碑 宇倍神社(平18.8)

宮山古墳 宮山古墳 奈良県御所市 (平8.9)

武内神社松江 武内神社 松江市手間 (平9.9)

欽明天皇御陵、鬼の俎、鬼の雪隠 奈良県明日香村 (平19・6記)

曲中に謡われる欽明天皇の御陵は奈良県明日香村にある。近くの鬼の俎、鬼の雪隠は欽明天皇稜の陪塚(近親者や従者を葬った)と伝えられる。もとは一つの古墳であったが、雪隠の石が下の畑にころげおちたようだ。鬼が人を俎にのせて料理して食い、後で用をたしたという伝説でよく知られている。

欽明天皇御陵 欽明天領御陵 明日香村 (平8.9)

鬼の俎 鬼の俎 明日香村 (平8.9)

鬼の雪隠 鬼の雪隠 明日香村 (平8.9)

鹿島神宮 茨城県鹿島町      (平19・6記)

本曲ワキは鹿島神宮の神官である。

鹿島神宮 鹿島神宮 茨城県鹿島町 (平1.8)


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